チョコの独り言

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zoom RSS 明日への扉

<<   作成日時 : 2005/04/07 23:35   >>

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今日は満開のサクラの中での入学式でしたね。
真新しいランドセルを背負い、お母さんと手をつないで登校している姿を見ると自分もこんなのだったかなぁなんて思ってしまいます。
これから頑張って人生を歩もうとする子供達(見ず知らずとしても)はとっても活き活きしてて希望が見えてきそうです。

生きている限り明日という日は何があったとしても同じようにやってきます。でも何かにくじけたりして落ち込んでいたらきっと、おなじ1日でも違う1日に感じられると思う。
だから1日が何事も無く、平穏無事にすごせることのありがたさは、何かが起きてしまってはじめてありがたいことに気づくのです。1日がHappy♪に過ごしたいとかもっと幸せになりたいとか思って、明日の扉を開けるのですがそれが幸せなのか、落ち込みなのかそれは過ごしてみないと分からないけど、わたしの周りの人たちも同じようにHappy♪に過ごせれば私もつられてきっと幸せになれるような気がする。逆に何かが起きたり、病気や怪我などしても平穏(平凡)というあまり見えない幸せは壊れてしまうと、チョコは思うのです。

生きている限り明日という扉の向こうは希望の見える事であって欲しい、お互いに傷つけあったりするかもしれないけど、認め合える強い心も欲しい。人を認めたり、許せたりする事はとっても傷ついちゃったりして大変かもしれないけど<かなり大きなエネルギーが必要になるから>、幸せになれる事にもつながるような気がする。でも落ち込んだりして動けなくなった時は、たまにはじっとしたり、遠回りしながらでも少しずつ進めば、急な坂道でもきっと登りきれるような気がするから。

今はまだ小さな子供達もいつかはいろいろ傷つく事がいっぱいあるだろうけど、希望のみえる扉を進んでいって欲しいと、通り過ぎる子供達を見ながら思ったのでした。

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内 容 ニックネーム/日時
子どもが入園や入学を迎えると、「ああ、大きくなったなあ、これから新しい世界が始まるんだなあ。
いろいろ楽しい事やつらい事あるだろうけど、頑張ってくれるかな〜?」とか子ども以上にはらはらします。そんなことを繰り返しながら親の方が育てられている気がします。
平凡な事は本当に幸せな事だと思います。
失うはずはないと思っていた事を、失ってしまうと
初めて幸せだった事に気づきます。
たとえ自分で選んで、後悔しないと思っていた事でも、そのなかに幸せな事はいっぱいあった事に気づかされます。特に人との別れを経験した時、もう二度と元に戻らないと気づいた時に大きな穴がぽっかりです。だから、私の周りで不満を言ってる人にはいつも、「幸せって失った時にすごいわかるんだよ〜、大事にした方がいいよ〜」って言っています。
ゆきよん
2005/04/08 00:20
そうですよね。当たり前と思えることを持続させるのにはお互いに(周りの人々)目には見えない努力とかが自然にとか、努力してたりするのだけど、それがある時重荷になってしまったりしたときにその場所から逃げてしまったりするのよね。
大好きだから許し合えるのだけど、大好きだから甘えがでたりして傷つけあうという話はよくあること。
だから、手放したりしたときはこれで間違いないはず、と自分に何度も確かめて答えを出すのだけど、本当に?本当にこれで良かったのかしら?なんて絶対に考えるよね。それがすごく小さな事から人生を変える事ならなおさらにね。例えば転職とかでもそうだと思うし、辞めてみてはじめてその職場の居心地の良さがわかるみたい。辞めていった人が遊びに来てくれるとそう言っているし。
だからといってもし、大きな決断をして苦しい思いをしても、その後がどれだけ幸せを取り戻して、なるべく大丈夫だったよねと考えられるようにしなきゃな

手のひらで握りしめた砂のように少しずつ時が過ぎ去り、考えも変わる。それは幸せでもあり、悲しいことかもしれないですね。
チョコ
2005/04/10 10:15

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